ざり、と段ボールの淵ぎりぎりまで寄って西原は息を詰めた。
壁──というか段ボール──の向こう側では藤岡と中桐の熾烈な攻防戦が始まっていた。
藤岡に狙いを定めて大量の豆を投げる中桐とその豆に豆をぶつけて片っ端から落としていく藤岡。
藤岡の狙いの正確さもさることながら、中桐の破壊力も凄まじい。
藤岡から狙いの逸れた豆は辺りの壁や床をえぐり──豆なのに──凹まし──豆なのに──あまつさえ穴まで空けて──豆なのに!──破壊の限りをつくしていた。
果たして奴らに原の計画は効くのか?
やや、疑問を持ちつつ原に合図を送る。
彼女の話ではこうだ。
今のまま戦ったとしてもこちらに勝利はないだろう。勝とうと思うのならば、まず中桐と藤岡を潰して戦いやすくする必要がある。会長は滅多に自分から出ようとはしないだろうから先ずは放っておけばいいし、ハニーや蜜仔は暫くは中桐や藤岡の援護に回るはずだ。当面は二人を戦わせ、頃あいを見てギルを投下する(勿論鬼は外を忘れずに)。
二人がそれを避けたところで全力で豆を……。
豆を……
待て、豆で人間って倒せるのか…?
※豆[マメ]@マメ科の植物の種。狭義では大豆を指す。Aこすれて手足に出来る、豆のような水ぶくれBひなさきの異称
どれも武器になりえる物ではない。だいたい「ひなさき」って何だ。
二人が弱るのを待ちながら──といっても、いっこうにそんな気配は無い──西原は国語辞典片手に眉をひそめ────
「────ッ二人とも伏せろ!」
気付き、慌てて二人をひっ掴み隣の壁──というか段ボール──に飛びうつり転がって受け身をとる。
同時にそれまで隠れていた段ボールの壁がまるで戦場に残された薄い紙きれの如く簓にされた。
何事────!
心中叫びつつ、恐る恐る振り返る。何事、と言ったものの何が起こったのかはわかっていた。
後ろでは案の定、弾かれて飛び散る豆が嵐の如く床と段ボールに降り、両方に穴を空けていた。
「悠梨」
「な、に?」
受け身を取りそこねたのか、後ろ頭の辺りを摩りながら悠梨が身を起こす。
「頃合いを見て、というけど。これは……」
「うん。見てる間にこっちが、かも」
悠梨の返事に、ジワリと握り締めた手の平が濡れる。
不意に、何かが吹っ切れたかのように心が凪ぐ。
「く、くくく。」
笑いが、込み上げてきた。
「にっしー?」
原がひきつった顔をして、こちらを覗き込んでくる。
笑いは、止まらなかった。
「ギル投下ぁ──!」
「やめてぇぇえっ!!」
「えぇい、離せッ」
ギルの足に縋り付く千紘。それを蹴り剥がそうとする西原。見るに見兼ねて西原を止める原。動かないギル。
「にっしー、ちーちゃんを蹴るのは駄目ですよっ」
「おのれッ、貴様も敵かァ!」
「いやぁ、ギルぅ──!」
「心配するのはギルの事だけ?!」
「失せろォ────!!!」
「ギルが、パン屋の夢がぁ────!」
急に仲間割れを起こし始めた西原チームに、中桐と藤岡は手を止めた。
西原はギルの首を掴み持ち上げている。そのギルの足には千紘が縋り付いていた。止めようとする原。窒息して死んでいるギル。
まるで地獄絵図。
「わぁぁ──ッ、死ねぇぇええええっ!!」
「パン屋が、パン屋がぁーっ」
「ねぇ、ギルはもういいの?」
しまいには西原に豆をぶつけだす千紘。今にも放射能を吐き出しかねない勢いの西原。原は諦めたようにただツッコミを入れる。
審判のじぃやに視線を送れば只々困ったようにうろつくばかりだった。
「うわぁぁああっ」
「ギシャ────ッ」
「にっし……!」
「ねぇ、あの二人を止めて来てくれる?」
「おい、会長が言ってるぞ。止めてこいよ」
「お前が逝け」
「あ、ギルが……」
「さっきから悠梨さんの悲鳴が聞こえないなー」
飛び交うギルの破片と植物性蛋白質のかたまり。
ビシッ
不吉な音に西原、千紘、原を除いた全員が硬直する。
ビシシッ
「倒れるぞ」
「逃げろ──ッ!」
悲鳴は粉塵とともに空に舞い上がり、地におちることも無く、掻き消えるように薄まり風に流れていった。
「ギシャ──ッ!」
「パン屋が、パン屋が────っ」
「まだやってるな」
げほっ、と咳込みながら中桐が瓦礫の山から這い出てきた。
一人さっさと逃げていた藤岡が本当だなー、と返す。
「何時まで続ける気なんだかなぁー」
あれはもう、何のためにギル吊ったのか解らなくなってるな。
呟き、ふと中桐の呆れたような視線に気付いた。軽く肩をすくめて、今だ暴走を続ける西原と千紘に視線を戻す。
「節分は災いを払う日の筈、なんだがなぁ」
災い自体になってどーすんだか。
悲鳴と豆は、今だ飛びかっていた。
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