その日は、偶々休みで、偶々彼女には予定が入っていて、偶々見たいTVもなくて、そして偶々──



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千紘の指示を聞いて、中桐達は急いで『ジュエリーヒスイ』に向かった。走ると目立つため、若干早足を心掛ける。確か『ジュエリーヒスイ』は今いる通りを3ブロック真っ直ぐ行ったところに有るはずだ。
イヴの前日と言うことも有ってか、平日にもかかわらずやたらと人の多い歩道を、中桐はうんざりしながら歩いた。
恐らくは、デートのプランの最終確認をしているのであろう人。うっかりクリスマスを忘れていたのか、慌ててプレゼントを買いに走っている人。何やらショーケースの前で唸っている人。日付の変わり目を恋人と共に過ごすつもりなのか──まさか会長のように『本命とイヴを過ごすつもりだから今日は浮気相手とデート』ではないだろう──楽しそうに寄り添って歩いている二人組達。
周りを見ず、マイペースで歩く人々に、ぶつからないように進むのは至難の技だ。その上、気付けば何やら人ごみは、皆決まって中桐達の進行方向とは逆に進んでいた。
全く持って、歩きにくいことこの上ない。
時折、森本とハニーの二人が人混みに流されていないかを確認して、中桐はぼやきを飲み込みながら歩く。綺麗にイルミネーションに飾り付けられた街は、そこにある人々は、仕事に忙しくてそれどころではない人間の気を知るよしもなく、浮かれたように騒いでいた。



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偶々、今日は話題のクリスマスツリーのイルミネーション点灯式があったから、明日は彼女と見に来ようと思って、此処まで下見に来ただけだった。本当に偶々、滅多に見ないテレビを見ていると、ニュースで点灯式のことを話していたから、だからそんなことを思い立ってしまっただけで。本当に、偶々──



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『ジュエリーヒスイ』に着くと、そこには困惑するばかりの橘会長親衛隊がいた。広い店内を何かを捜すように右往左往している姿に、中桐は訝しむ。
どしたんだろ。眉根を寄せて呟くハニーの声。
聞きながら、中桐は左右に目を配った。まるで投げられたフリスビーを見失った犬のように、うろうろするばかりの隊員たち。正直、他の客や店員の邪魔になっているのだが、この際かまってなどいられない。彼らの姿を見れば、聞かずとも察するに余りある。


会長は『ジュエリーヒスイ』にいない。


一体何処に。
呟く二人を、中桐は一瞬振り返った。クリスマス間近、控えめに飾り立てられた店内、この店もクリスマスツリーが飾ってある。店の雰囲気を壊さないように、シックで落ち着いた感じの飾りが施されているツリーは、丁度成人男性程の大きさか。

そう言えば。
「千紘、聞こえるか」
中桐は携帯のハンズフリーのスイッチを押すと、マイクの部分に向かって千紘を呼んだ。千紘達、情報担当からの言葉を聞き逃さないために、携帯は千紘に繋がったままになっている。
『うん?』
片耳イヤホンから千紘の声がする。万一のこと──会長が尾行に気付いていて隠れて見張っている可能性、とか──を考えて、中桐は出来る限り注意深く周りを見渡し、口を開いた。
「最近CMでしつこくアピールしてるツリーがあるだろ、知ってるか?」
此方が忙しい時期に、派手な音楽と共に繰り返し流れていたCMはっきりいって聞く度に不快指数は上がり──半ば当てつけだが──アレのために何度チャンネルを変えたことか。
『あ、うん。あのツリーは確か』
「『イクティ』のスペシャルツリーのこと?」
「それだ」

後ろで森本が告げた店の名前に、中桐は振り返った。あの喧しい音楽の最後は、確かそんな単語で締めくくられていた。
森本が『イクティ』と言ったのが聞こえていたのか、イヤホンの向こうで千紘が小さく『あ』と、声を上げるのが聞こえた。
『なっちゃん、『イクティ』は『ジュエリーヒスイ』から通りを2ブロック戻って──』
「千紘、先に移動を開始する。場所は歩きながら聞こう」

出よう、と森本とハニーに声を掛けて、中桐は急いで『ジュエリーヒスイ』を後にした。



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『ジュエリーヒスイ』から2ブロック戻って、左に曲がって100m。ガラス張りの一際大きな建物、それがブティック『イクティ』である。
客の大半の目的が"『イクティ』スペシャル・クリスマスツリー"の点灯式なのか、ツリーのある建物中心の吹き抜け部分には、これ以上無いほどに人が集まっていた。付近の階段にまで人の詰まった店内は、先程迄いた通りなど比べものにならないくらいに人口密度が高い。
「……今此処で人が倒れたら、皆将棋倒しになるだろうな」
「中桐さんッ」

げんなりと言う中桐を、森本が軽く諫める。ため息をついて、中桐はまだこちらを見ている森本に軽く手を上げた。ハニーはこの点灯式会場──というか吹き抜け部分を中心とした店舗内──をさまよい会長+αを探している。
こんなゴミゴミした中で、二人の人物を探し出すなどと、不可能に等しい。会長のデートを邪魔すると、言い出したのは自分達だったが、いざ始めれば面倒なことこの上ないことになっていた。
「何だか馬鹿らしく思えてきた──」
「中桐さんッ、見つけた!」

会場内を見渡していた森本に強く服の裾を引かれて、中桐はバランスを崩しながら森本の指す方向を顧みた。そこには、確かにコバセンと楽しそうに笑っている会長の姿があった。
にこやかに笑いながら、ツリーの一番よく見える位置で、ベンチに座っている。
「森本、ハニーに見つけたと連絡しろ」
私は千紘に連絡する。
言って、中桐はハンズフリーに手を伸ばした。
「千紘、会長の姿を確認した」
会長は『イクティ』のツリーの下に居る、至急次の作戦に──
「oh!ヤッパリ!!恵美の側近の人じゃないKA!」
言いかけた中桐を止めるように、近くからウザさ120%の声がして、そこはかとなく気持ちの悪い気配が近付いてきた。
「と、ユーことは恵美もココにきているんだNE!!」
沸き起こる吐き気を堪えながら、恐る恐る振り返ればソコには笑顔満載の友正と、魂の離脱しかけたハニー(キレかけ)がいた。
「なんでつれてきたんだ!」
「神様が!神様が私を憎んでたのッ!」
「答えになってないぞ、お前っ?!」
「クリスマスプレゼントに庭付き一戸建てを頼んだうえに靴下が子供サイズだったからかな!?」
「なんでプレゼントを平和な家庭にしておかなかったんだ!?」
「だって、子供用サイズしかなかったんだもん!!」
「二人とも、神様って許すものじゃなかったのォォオオオ!?」
「HAHAHA!三人とも話がズレてるYO!!」

DOOOOON!!
友正の声(ウザい)に重なるように、建物の入り口付近で耳をつんざくような爆発音(ウザい)が起こった。反射的に目をやると、低い地響きの音と共に、通路の奥の方から僅かながら砂煙──または埃(ガペペッ)──が舞い上がっているのが見えている。
「oh!あそこにある可憐なsilhouette!!あれは正しく私の女神!!」
GODESSと叫びながら、友正が飛び出していく。次いで砂幕を割いて走り込んできたのは会長の親衛隊(五百人ぐらい)だった。友正も親衛隊も激しく奇声をを上げながら人混みに突入するが、この動くこともままならないような密集地帯にあってなお、立ち止まることはない。集まっていた人々は途端にパニックを起こしはじめ、それはまるでライオンに狩られるシマウマの群れのようであった。
上がる悲鳴に聴覚が麻痺しはじめる。
『中桐さん、何が起こってるの!?』
「ここは、地獄か……」

コバセンと友正が激突した。
おばさんがおじさんを蹴り飛ばしている。
男が親衛隊にはね飛ばされた。
おじさんと不倫相手が揉めている。
ドアが完成した。
目だし帽のオカマが逃げ出した。
サンタがもみくちゃにされている。
泣いている子供をあやした男が警備員につれていかれた。
白いヒゲが宙を舞う。
友正とコバセンは競うようにツリーによじ登っている。
お姉さんがお兄さんのスカートをめくっている。
親衛隊の援軍が到着した。
警官隊も到着した。
不倫カップルの喧嘩はノロケに変化を遂げている。
警官隊が連行された。
会長はサイン会を始めている。
握手までしている。
とうとうサンタの姿は見えなくなった。
「白いお家が欲しかったのォォオオオ!!!」
子供達がサンタの残骸を奪い合っている。
おばさん達は未だにセールを満喫している。
コバセンと友正はツリーの頂上で争っている。
会長が辺りを見渡している。
ドアが完成した。
男が踊り狂っている。
警官隊を連行した親衛隊が戻ってきた。
会長は笑顔だ。
コバセンが友正を殴った。
友正は奇声をあげている。
式典の司会者が到着した。
ツリーが悲鳴を上げている。
建物のガラスが割られていく。
松明を掲げもった人が走り込んできた。
ストライプのパンツに黒い長靴のオッサンが逃げていく。
不倫カップルの男が殴られた。
スカートのお兄さんは泣いている。
コバセンが反撃を受けた。




中桐は帰ることにした。
ハニーと森本は慌てて付いてきた。
外に出ると思いのほか静かで、少し肌寒い空気は清々しいほどに澄み渡っていた。


後日、報告書によれば収集のつかなくなったこの馬鹿騒ぎは会長の鶴の一声で終わりを告げたらしい。すなわち「飽きた」と。
因みに、友正とコバセンの行方は、杳としてしれない。



(完)








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